バッハが残したファゴットのためのメロディ

↑バッハの作品番号155番のカンタータMein Gott, wie lang, ach lange より
アルト・テノールの二重唱 Du must glauben(あなたは信じなければなりません) ファゴットオブリガートソロ

独りで吹くのも心細かったため、ファゴット奏者の鈴木禎さんに共演して頂きました。いつも沢山のアイデアをくださる方です。
初めての試みで苦労しました汗


今フランスはご覧のあり様です。家にこもってやることと言ったらリードを削ったり本を読んだり携帯をいじったりすること・・・
普段の生活と変わりませんでした笑

外出禁止になり、三日前からリードを削ってばかりいるのですが、音出しでただ音階や和音を吹いたりするだけではつまらないと思い、大好きなimslp(無料楽譜サイト)をあさって気分に合うメロディを探していました。
テレマン? うーん。 ヘンデル? うーん。
色々考えをめぐらしていた時に、ふと、このメロディを思い出しました。

BWV155のファゴットオブリガードソロつきアリア。

愁いを帯びた歌に寄りそいながらも内に秘めた情熱を歌い上げるファゴット(歌詞の内容とは関係のない僕のイメージです)。ファゴットらしいメロディだよなー。いつ聴いても良い曲だ。

あれ、なんかおかしいな、、、?

ファゴットらしいメロディ?

バッハのファゴットのメロディ?

バッハが書いたファゴットのメロディ!!?
 

そうなんです。バッハはファゴットのためにメロディを書いているんですよ!!!

ファゴット吹きにとっては超朗報ですよ。
 
ということで。
紹介します。僕のお気に入り。
155番カンタータのオリジナルスコア。ファゴットソロの部分。




ここから語るのは僕とこの曲の思い出です。楽曲分析などではありません。


最初の出会いは8年前。ドイツにて。僕が二十歳の時でした。
ミーハーだった僕は現在の師匠ジェレミー・パパセルジオの他に、セルジオ・アッツォリーニというファゴット奏者を追いかけていました。セルジオ・アッツォリーニは言わずもがな。世界最高峰のモダンファゴット、ヒストリカルファゴット奏者です。知らない人はユーチューブでAzzoliniと検索してみてください。きっとびっくり仰天するでしょう。。


僕は彼のマスタークラスを受けるために、ドイツの田舎町マルクノイキルヘンへ向かっていました。なんという名前か忘れましたが何もない乗換駅。そこで後ろから優しそうなおじさんに声をかけられました。
それがセルジオ・アッツォリーニでした。
日本人の僕は彼のファンであることを告げ、写真を!是非写真を!とせがみましたが、まだまだ時間はあるんだから。落ち着いて、となだめられました。
たった数両の電車のうち、乗車しているのは僕と彼だけでした。彼は家族席に新聞を敷き寝っ転がって満足そうにしていました。
僕はリュックを枕に寝ている彼をぼんやりと眺めていました。
ふと気づき、楽器は?と彼に尋ねると、
持ってきてない。とのことでした。どうやらマスタークラスの会場で借りるらしい。Rockだなー。
では、唯一持っているそのリュックには何が入っているの? 彼は衣服を取り出し、その後に家族の写真を見せてくれました。
(世界的バロックファゴット奏者たちは家族の写真を持ち歩いているらしい。パパセルジオも然り)
そして、最後に大事そうに取り上げたのは、バッハのスコアでした。
作品番号42番「Am Abend aber desselbigen Sabbats」というカンタータでした。当時僕は芸大のバッハカンタータクラブで1年間活動していたので、いくつかのカンタータを演奏したことはありました。しかし、その作品については知りませんでした。
彼にそのことを伝えると、彼はとても嬉しそうに、バッハがカンタータで使ったファゴットについてレクチャーしてくれました。
42番のカンタータは、ファゴット独奏パートがあるものでした。
「太郎。ここはね。絶望しないで前を向けって言っているんだよ。ファゴットは前を向けって、みんなを鼓舞するんだよ」
楽譜を見せながらこう言われたのは良く覚えています。
(なんと、その2か月後。下田で行われたバッハカンタータクラブOBOG演奏会で42番のカンタータを演奏したのでした。運命って不思議だなと感じました。てんでダメダメでしたが笑)

彼はその外にもファゴットのオブリガートソロを含むカンタータを紹介してくれました。
目を覚ませ、というアルト・テノールの言葉と共に爽快に歌い上げる149番のアリア。独唱テノールの周りをヴァイオリンとファゴットで技巧的に動き回る177番のアリア。
そのなかで紹介してくれたのが155番のアリアでした。

今となっては楽譜や音源があるので知っていますが、その時は曲について彼から話を聞いているだけ。
そこで彼は、吹いてみたくない??と僕に言いました。そしてマスタークラスの最後の演奏会でこの曲を演奏しようと提案してくれました。




彼は通奏低音を吹いてくれました。歌詞の意味や深いことを考えすぎず、感じたままに吹いてみて。と言ってくれました。

「Don`t think !! FeeeeL」

この言葉を現実世界で使う人がいるんだ!!思わず笑ってしまいましたが、その時の僕にぴったりの言葉でした。。
当時それなりに演奏機会がありつつも、無意識にバッハに対してはカタいイメージを持っていました。彼と一緒にいた一週間はそれを忘れてロマンティックに演奏できたと思っています。

修了演奏会では彼と共にその曲を吹いたのですが、そりゃあもう忘れられない感動体験です。彼は最後に、この曲は友情のあかしだからねと言ってくれました。

ということで、この曲は二十歳のドイツ一人旅で持ち帰った、一番大きな思い出なのでした。

修了演奏会にてセルジオ・アッゾリーニとバッハを共演している様子




時は過ぎ去り6年後、ヒストリカルファゴットを念願だったジェレミー・パパセルジオのもとで学ぶことになりました。
生き字引のような彼は毎回のように、過去の出典や楽譜を出版された年と共に紹介するのですが、早々にバッハが書いたファゴットパートについて熱く語ってくれました。
主に当時のドイツやフランスの楽器史から、バッハが使っていた楽器の話でした。特に155番のカンタータはバッハと教会の楽器事情を語るのにうってつけの曲だそうで、レッスンの一時間がっつりとそのことについて話しました。
面白かったのはバッハがこの曲を演奏したとき、オーケストラはオルガンのピッチに合わせてA=460hz近辺だったのに対して、フランスから渡ってきたオーボエやファゴットはA=390hz近辺だったということ。
音程にすると約短三度の差がある。それらの楽器で同時に演奏するときに、この差をオルガニストが認識できるように、スコアにはファゴットパートが移調して書かれているんだとか。だからファゴットには演奏不可能な低い音がスコアには書かれている。これも詳しくは別の機会に書きます。長くなるので。

休みが明けたら彼のレッスンにもこの曲を持っていけたらなと思っています。この曲についての愛がさらに高まるだろうと思います。。

ファゴットには演奏不可能な低いソまで書いてあるスコア。(ファゴットの最低音はシ♭もしくはシ)

ということで、二人の尊敬する先生が語ってくれた155番のカンタータ。僕の中では特別な曲です。


器楽奏者は誰でも一度はオーケストラと協奏曲を演奏することを夢見ることがあると思います。

僕にとってそれは、バッハが書いたファゴットのためのメロディをカンタータ1曲のなかで吹くことなのです。いつか必ず実現させます!
 


また、僕たちファゴット吹きはバッハを演奏することにあこがれ、チェロの曲やフルートの曲を演奏します。

しかし、他の楽器ではなくファゴットにしか演奏できないメロディもあるはずです!

僕はファゴットやファゴット奏者の魅力というのは、表面は素朴だったりひょうきんだったりする反面、内にはひそかな情熱を秘めている事だと思っています。
そして、人が苦しんでいるときそばにいて、励ましてあげる優しさを持っています。

「信じよ。望みを持て。いつかその時はくる。」というこのアリアにファゴットを用いたバッハ。
バッハもファゴットのそんな魅力に気づいていたのではないでしょうか。
もしくは彼の周りにもそんなファゴット奏者がいたかもしれませんね。。


155番のカンタータの動画。
バッハ財団合唱団・オーケストラの演奏です。2:20よりファゴットオブリガートつきアルト・テノールアリア。
ファゴットは世界的名手のドナ・アグレル。

一番のお気に入りはYoutubeにはありませんが、バッハコレギウムジャパンの全集に入っているものです。カウンターテナーが米良美一さん。テノールが櫻田亮さん。ファゴットがとても素晴らしいのですが、だれが吹いているのか知りません。どなたかご存じですか?
(追記:当時演奏されていたのは、同オケでファゴット奏者をつとめていた二口晴一さんでした)
(追記2:二口晴一さんが録音を公開してくださいました)

ファゴット・バロックファゴット奏者 長谷川 太郎

0コメント

  • 1000 / 1000